船酔いしやすい美少年が全世界の漁師から尊敬されるまで...
潮の香りが風に混ざるだけで、レオの胃袋はひっくり返り吐きそうになる。






透き通るような白い肌、波に揺れる金糸のような髪。
漁師町には似合わない、どこかの貴族のような美少年が、今日も港の隅でバケツを抱えてうずくまっていた。

「 おいおい、陸の上でそれじゃ、今日も船には乗れねえな? 」

髭面の老漁師が、からかうように笑いながら通り過ぎる。
レオは漁師の家系に生まれた。
だが、致命的なまでに船に弱かった。
岸壁に繋がれた舟がゆらりと揺れるのを見ただけで、顔面が紙のように真っ白になる。
「 お前は大人しく家で網でも編んでいろ! 」
それが、父親や周囲の男たちの評価だ。
だが、レオは諦めなかった。
海に生きる男たちの力強さに憧れていた。
船に乗れないなら、陸から海を支配してやる。そう心に決めていた。
レオが目をつけたのは、漁師たちの「勘」だ。
ベテランの漁師は「 空の色が怪しい 」「 肌にまとわりつく風が違う 」と感覚で嵐を予知している。
だが、それは外れれば、命を落とす。
船に乗れないレオは、毎日、誰も見向きもしない気圧計の数値を記録、雲の動きをスケッチ、潮の満ち引きの時間、その日の水揚げ量をノートに書き殴っていた。
さらに、持ち前の美貌をフルに活用。
隣の港や、はるか遠くの国からやってくる交易船の船乗りたちに微笑みかけ、彼らが持つ「外洋の気象知識」や「新式の海図」を熱心に聞き出したのだ。
美しい少年が真剣な目で教えを乞えば、荒くれ者たちも悪い気はせず、喜んで秘伝の知識を喋ってくれた。
数年後、レオの部屋は世界中の海図と、自作の気象予測図で埋め尽くされていた。
転機は、レオが18歳になった年の初夏に訪れた。
その日は、数ヶ月に一度の「大漁期」の初日。
男たちは色めき立ち、夜明け前に船を出そうとしていた。
しかし、レオは港へ走り、父親の船のとも綱を掴んで叫んだ。
「 行っちゃダメだ! 昼過ぎに、南から経験したことのない大嵐が来る! 」

空は抜けるように青く、波は鏡のように穏やか。漁師たちは鼻で笑った。
「 おいおい、また船酔い坊主が寝言を言ってるぜ 」
「 こんなにいい天気なのに嵐が来るわけねえだろ 」
「 来るんだ! 」
レオは一歩も引かない。
青い目を激しく燃やし、一人の漁師の胸ぐらを掴んだ。
「 昨日からの気圧の急降下、東からの不自然なうねり、それに渡り鳥のルートが狂ってる。信じてくれ、今出たらみんな危ない! 」
その真剣な形相と、普段のひ弱さからは想像もつかない鋭い眼光に、何人かの若い漁師が足を止めた。
「 レオがここまで言うなら、俺は今日、網の修理にするわ... 」
一人がそう言うと、同調する者が数人現れた。だが、大半のベテランたちは「臆病者が」と言い捨てて海へ出港していった。
結果は、レオの予言通りだった。
午後二時、突如として空が黒山のように膨れ上がり、見たこともない暴風雨が荒れ狂った。
海は牙を剥き、出港した船の半分が海の藻屑となった。
だが、レオの言葉を信じて港に残った者たち、そしてレオの指示で早めに引き返した数隻は、奇跡的に無傷だった。

この日を境に、町の漁師たちの態度は一変した。
誰もレオを「船酔い坊主」とは呼ばなくなった。
「海の預言者」という新しい二つ名が、彼に与えられた。
レオの評判は、口コミでまたたく間に世界の海へと広がっていった。
「 あそこの港に、海をすべて見通す美しい男がいる。」
数年後、レオは港を見下ろす丘の上の館にいた。
世界中の漁師たちが、莫大な謝礼を携えて彼の元を訪れる。
「 レオ様、来月の北海の様子はどうでしょうか? 」
「 レオ先生、この海図に新しい潮の流れを書き込んでくれませんか? 」

レオは大きな机に海図を広げ、世界中から届く気象データと漁獲報告を分析しながら、的確な指示を出していく。
彼の出す「漁業気象予報」は、今や全世界の漁師のバイブルとなっていた。
ふと、窓の外から激しい波の音が聞こえてくる。
レオは一瞬だけ、うっと青ざめて口元を押さえた。
館の窓から見える海は、相変わらず彼を拒絶するように揺れている。
「 やっぱり海は見るものじゃないな 」

レオは苦笑し、すぐに手元のペンを動かし始めた。
船には一生乗れない。けれど、世界のすべての漁師たちは、今日もレオの手のひらの上で、安全に網を投げ入れている。
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